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東京地方裁判所 平成4年(ワ)3800号 判決

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

(主位的請求)

一 被告野村證券株式会社は、原告甲野太郎に対し、金六八四一万三四八一円及びこれに対する平成三年八月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二 被告野村證券株式会社は、原告株式会社乙山に対し、金一億五七五一万一二八三円及びこれに対する平成三年八月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三 被告らは、原告甲野太郎に対し、連帯して金一六三〇万二八六六円及びこれに対する平成三年七月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四 被告らは、原告株式会社乙山に対し、連帯して金九九四万六〇七二円及びこれに対する平成三年七月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(予備的請求)

一 被告らは、原告甲野太郎に対し、連帯して金八四七一万六三四七円及びこれに対する平成三年七月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二 被告らは、原告株式会社乙山に対し、連帯して金一億六七四五万七三五五円及びこれに対する平成三年七月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)及び原告株式会社乙山(以下「原告会社」という。)が、主位的に、被告野村證券株式会社(以下「被告会社」という。)本社の営業員である被告江添勝哉(以下「被告江添」という。)及び同中村圭造(以下「被告中村」という。)から(無断売買ではないが)違法な勧誘等があったとする取引(別紙甲野太郎取引経過総合表2記載の取引及び別紙乙山取引経過総合表4ないし12記載の取引。なお、原告らは、ここでの損害賠償の対象を信用取引及び新株引受権証券(新株引受権付社債から分離された新株引受権部分を表章する証券。以下「ワラント」という。)取引に限っている。)については、被告らに対して、不法行為又は債務不履行に基づき、取引により生じたとされる損失(以下「実現損」又は「実現損失」という。)を損害であるとしてその賠償を請求し、更に無断売買が行われたとする取引(別紙甲野春夫取引経過総合表4以降に記載の取引及び別紙乙山取引経過総合表1ないし12及び93ないし95記載の取引を除く取引)については、被告会社に対して、右取引が無かったことを前提とする預託金相当額(但し、本件において原告らは、売付、買付双方が無断であるものについてのみ無断売買を理由とする寄託金返還請求の構成をとっており、売付のみ無断である取引は、不法行為又は債務不履行構成をとるとして、その損失分及び原告らに引渡された株券の評価額相当分を預託した金員の総額から控除している。)の返還請求をし、予備的に、本件の取引全体を一体としてみて、勧誘の違法等が結局取引全体の違法につながるとして、被告らに対して、不法行為又は債務不履行を理由に主位的請求における損害賠償請求及び預託金返還請求にかかる金員相当額の損害賠償請求をした事案である。なお、被告らは、原告らの主張するような不法行為を否認し、適切に債務を履行したとし、無断売買とされる取引は原告らの委託に基づくものであると主張している。

一  争いのない事実

1 原告太郎は、原告会社の代表者であり、被告江添らの勧誘により、自己名義及び訴外甲野春夫(以下「訴外春夫」という。)名義で被告会社と株式及びワラントの取引を開始した。

原告会社は、日用雑貨類の販売を行うスーパーマーケット等の経営を行う会社であり、原告太郎が被告江添らから勧誘を受けたことから、被告会社と株式及びワラントの取引を開始した。原告らの取引はすべて、原告太郎が一人で行っていた。

被告会社は、証券業を営む株式会社であり、被告江添、同中村は平成三年当時、被告会社本店営業部に属する従業員であった。

2 原告らが行ったこととされている取引は、原告太郎については、別紙甲野太郎取引経過総合表及び別紙甲野春夫取引経過総合表のとおりであり、原告会社分については別紙乙山取引経過総合表のとおりである(但し、別紙乙山取引経過総合表137記載の株式の取引きの日は、《証拠略》によれば、平成三年七月九日と認められる。)。

3 原告太郎が平成三年三月一二日から同年四月三〇日までの間に被告会社に預託した金員は、一億一五四九万三九六五円(原告太郎名義口座に二四九一万二六三八円、訴外春夫名義口座に九〇五八万一三二七円)であり、原告会社が平成三年三月七日から同年四月一二日までの間に被告会社に預託した金員は、二億四〇五六万五一二二円である(なお、原告会社が同年四月一九日以降に被告会社に預託した金員は、既に原告会社に返還されているので、本件請求の計算の基礎としての預託金額には含められていない。)

4 平成三年六月五日のダイダン株買付(信用取引)、同月六日のカテナ株の買付及び売付(現物取引)、同日のダイダン株の買付(現物取引)は、いずれも原告会社の承諾のある取引である。

5 一九九一年七月二三日に原告会社名義及び訴外春夫名義で行われた株式等の売買取引が、同月三一日に原告太郎名義で行われた株式等の売買取引がそれぞれ実質的に終了しており(《証拠略》によれば、原告会社名義で同年九月一一日に三洋工業株五〇〇〇株及び千代田化工建設株七〇〇〇株の売却(いずれも現物取引)が行われているが、これは、原告会社が被告会社から引き渡された株式の一部を売却したもので(なお、訴状では、原告は右株式を一九九一年九月一日に売却したと主張している。)、本件で問題とされている取引とは異なる。)、一九九一年七月二三日現在の原告会社名義取引及び訴外春夫名義取引の実現損は、約一億六八〇〇万円及び約六二二〇万円であり、同月三一日現在の原告太郎名義取引の実現損は、約一七八〇万円である。

二  争点

(主位的請求関係)

1 無断売買(売付又は買付の一方のみの無断も含めて)の存否

2 原告主張の個別取引についての被告江添及び同中村の不法行為(被告会社の使用者責任)又は被告会社の債務不履行責任の成否

(予備的請求関係)

3 本件取引過程全体を通じて考察した場合、被告江添及び同中村の不法行為(被告会社の使用者責任)又は被告会社の債務不履行責任の成否

(主位的請求又は予備的請求について)

4 損害論等(なお、予備的請求の損害論は、主位的請求において返還を求める請求額と損害賠償額の和である。)

三  争点2ないし4に関する原告らの主張

(争点2について)

原告らは、被告江添らの勧誘及び取引行為について次のとおりの違法を主張している。

1 平成三年三月初旬頃、原告らは、被告江添から、「JRが秋に上場する。東急の株価が標準となるから必ず上がるから東急の株を買って下さい。三カ月持って下さい。低く見積もっても一六七〇円が二三〇〇円に、高ければ二七〇〇円にはなります。野村が主幹事会社だから大丈夫です。」という旨の勧誘を受けて、東急株を購入したが、結局多額の実現損失を被った。

次に、原告らは、被告江添から、「イギリスの発電会社の株で大変楽しみな株です。三カ月持ってくれれば必ず上がります。一三〇〇円が一九〇〇円に、場合によっては二三〇〇円にもなります。」という旨の説明と共に右株式購入の勧誘を受けて、パワージェン株を購入したが、結局多額の実現損失を被った。

平成三年三月二九日に、原告太郎は、被告江添から、CBファンドというものがあり、被告会社の推薦の株を持てば当時の銀行金利である年八パーセント以上の一二パーセントの利回りがあるという旨の説明と共に右投資信託の購入の勧誘を受けて、日本CBファンドを購入したが、結局実現損失を被った。

これらの勧誘は断定的判断の提供による違法勧誘というべきものであり、しかも、パワージェン株の取引については、いずれも株の単価は上がっているが、為替の下落(円に対する英国ポンドの下落)により損失が出ているものであり、被告江添が原告らに対して外国証券取引を勧誘するにあたり為替の変動について十分な説明もなく、有利な株取引であることをことさら強調して取引を勧誘したことが推測され、その勧誘は説明義務に反し違法であるというべきである。

2 原告らは、被告江添から信用取引の勧誘を受けた。原告太郎は信用取引に対し、漠然と怖いものという認識を持っており、また、利用できる資金の性質からみても大きな数量の取引をする意思はなかったが、原告会社の信用が認められたという気持ちと口座設定契約をしても取引をしなければ大丈夫だろうという考えから、原告会社の信用取引口座設定約諾書に記名押印した。

平成三年三月二六日、被告江添は、原告会社に対し、信用取引の仕組み、構造、リスクの危険性については説明せず、むしろ、「東急株の値がおもわしくなくなったので、リカバリーしたい。」「取引はほんの三日から七日間くらいの間するだけです。日計りもします。」「我々は短期の見通しなら分かる。」「日計りで決済されるから値動きもそれほど大きくはない。」「損益の結果も直ちに明らかとなり、結果を確認しながら慎重に取引ができる。」といった説明をして、原告会社に東急株の信用取引を行わせた。

また、被告江添は四月二日より千代田化工建設株の信用取引を「日計りだから大丈夫」という理由で原告会社に対して勧誘し、取引させた。

したがって、以上のような信用取引の勧誘も説明義務に違反し、かつ断定的判断の提供による違法勧誘というべきである。

3 平成三年四月二日以降に被告江添及び同中村は、原告らに対して、ワラント取引を勧誘した。原告太郎は、新聞記事より、ワラントはリスクの高いものであるという認識があり、取引の仕組みも分からなかったので、右勧誘を断ったが、右被告らは、ワラントの仕組みについての説明は行わず、また、説明書も渡さず、むしろ、「ワラントは長く持つと損が出ます。三日から七日で決済すれば大事に至ることはなく大丈夫です。」「大きく取れますよ。二〇〇〇万円くらいの取引をすれば一〇〇〇万円くらい取れます。」といって取引の勧誘を執拗に行い、原告らにワラントの取引をさせた。

そもそも、ワラントの取引については顧客を勧誘して取引を行わせること自体が証券会社の注意義務に違反するものである上、前記勧誘は、説明義務に違反し、かつ断定的判断の提供による違法勧誘というべきである。

4 被告江添らは、平成三年四月一〇日以降、原告らが買い付けたワラントを放置し、投資者の意思決定に必要な危険性についての正当な認識を形成するに足りる情報を提供すべき注意義務に違反した。

5 平成三年三月当時、原告会社は、店舗、建物改造資金として訴外三和銀行三河島支店(以下「訴外三和銀行」という。)から三億円の枠で融資を受けることになっていた。被告江添は、原告太郎との会話の中でこの話を聞きつけるや、前記1記載の言動により、原告会社や原告太郎に対し、被告会社での右建物改造資金の運用を慫慂した。そして、原告会社の店舗改造代金の支払期限が三カ月程は先になる見通しであったので、原告会社としても、被告江添のいうとおり三カ月程度の短期間であれば、銀行に預金でそのまま置いておくよりは有利かと考えて、被告会社に被告江添の説明のとおり資金運用を任せることにしたものである。原告太郎が個人で預託した資金も、原告会社の場合と同様に三カ月程度の短期間の資金運用の趣旨であった。原告太郎が訴外春夫名義でした取引の資金は、訴外春夫がアメリカで蓄えたものを住宅購入資金として日本に送金し、原告太郎が預かっていたものであり、そのことは原告太郎から被告江添に話してあった。

また、原告太郎は、従来、被告会社の上野支店及び訴外新日本証券株式会社の勧めもあって株の長期保有を目的とした現物取引を行ったことはあったが、投機目的の株式取引の経験はなく、信用取引についても十数年前に一度だけ現物取引決済のための「繋ぎ」に勧められてしたことがあるだけで、実質的な取引経験はなかった。ワラント取引の経験もなかった。原告会社については過去に一度も株式等の取引の経験はない。

以上のような、資金の性質、投資目的、原告らの投資経験からみれば、信用取引及びワラント取引に原告らを引き込むのは適合性原則に違反する。

また、原告太郎は、平成三年四月一〇日に同年三月一三日に購入したパワージェン株を二六一万八〇四八円の損失を出しながら売却し、同日、その売却代金全額に新たに七六二万六八二二円を入金して、アサヒビールワラントを購入しているが、ワラント取引経験のない原告太郎に対し、その資金全額を危険なワラント取引に注ぎ込ませた勧誘は、原告太郎という個人投資者に最も適合した投資勧誘とはいえず、適合性原則に違反する違法な取引というべきである。

6 原告会社の取引である平成三年三月二六日の東急株から同年四月九日のアサヒビールワラントまでの信用取引及びワラント取引並びに原告太郎の取引である同人名義の同年四月一〇日のアサヒビールワラントの取引は、いずれもその売付が無断で行われており、この点からみても右各取引は、違法であるといわなければならない。

(争点3について)

1 原告会社の取引である平成三年三月二六日の東急株から同年四月九日のアサヒビールワラントまでの信用取引及びワラント取引並びに原告太郎の取引である原告太郎名義の同年四月一〇日のアサヒビールワラントの取引についての主張は、主位的請求のそれと同様である。

2 原告会社分の平成三年四月九日の千代田化工建設株の信用取引以降の取引及び原告太郎分の訴外春夫名義でなされた平成三年四月一五日のアサヒビールワラントの取引以降の取引について。

平成三年四月九日以後の信用取引とワラント取引についても、被告会社から売買報告書が郵送されてきたが、右報告書の記載が複雑で、かつ、取引の数が多すぎて取引や損益の状況がどうなっているのか原告太郎にはほとんど理解ができなかった。そして、原告らの名義で行われている取引と購入数量が知らぬ間に膨らんでいることに不安を感じた原告太郎は、被告江添や同中村に対し、損益状況の結果を明らかにするように求めた。しかし、被告江添、同中村は、四月末日になってもその内容を明らかにしなかった。原告らは、被告会社から平成三年五月に送られてきた同年四月三〇日までの取引明細回答書への署名を拒否して、損益計算書の提出を求めたが、被告江添らから原告太郎に示された同年五月一三日付の取引明細書や同年六月一三日付の売買取引計算書にも全体の損益は明示されなかった。かえって、右六月一三日付の計算書では、原告会社名義の取引は損失よりも利益が出ているように記載され、訴外春夫名義及び原告太郎名義の取引はそれぞれわずか九六万円と二六〇万円の損失という取引状況が記載されていた。

以上の経緯に照らせば、被告江添らが原告らを多数、多額の信用取引及びワラント取引に引き込んだのは、原告らの資金の性質、投資目的、投資経験からみて適合性原則に違反する。また、被告江添らが原告らの度重なる損益計算書の提出要求に対して、取引の具体的損益等について明らかにしなかったことは説明義務、確認義務に違反する。

(争点4について)

1 原告らの被告会社に対する寄託金返還請求にかかる請求金額は次のとおりである。

(一) 原告太郎分について(原告太郎名義及び訴外春夫名義の取引)

〈1〉 被告会社に預託された金員

一億一五四九万三九六五円

〈2〉 原告太郎に引き渡された株券の金額

一九九六万円

(内訳)

東急電鉄株 八〇〇〇株(未売却)

一九九二年二月二八日の東京証券取引所における終値(八一〇円)による評価

六四八万円

名村造船株 八〇〇〇株(未売却)

一九九二年二月二八日の大阪証券取引所における終値(一五六〇円)による評価

一二四八万円

〈3〉 無断売買ではない取引の損失(別紙甲野太郎取引経過総合表1、2記載の取引による損失金一七八二万〇九一四円、別紙甲野春夫取引経過総合表1ないし3記載の取引による損失金九二九万九五七〇円の合計)

二七一二万〇四八四円

請求金額=〈1〉-〈2〉-〈3〉=六八四一万三四八一円

(二) 原告会社分について

〈1〉 被告会社に預託された金員

二億四〇五六万五一二二円

〈2〉 原告会社に引き渡された株券の金額

四三七〇万円

(内訳)

千代田化工建設株 一万五〇〇〇株

一九九一年九月一日(一一日の誤記か。)に売却した七〇〇〇株の価額

一三七二万円

未売却分八〇〇〇株の一九九二年二月二八日の東京証券取引所における終値(一九〇〇円)による評価

一五二〇万円

三洋工業株 一万一〇〇〇株

一九九一年九月一日(一一日の誤記か。)に売却した五〇〇〇株の価額

六九二万円

未売却分六〇〇〇株の一九九二年二月二八日の東京証券取引所における終値(一三一〇円)による評価 七八六万円

〈3〉 無断売買ではない取引の損失(別紙乙山取引経過総合表1ないし12記載の取引による損失)

三九三五万三八三九円

請求金額=〈1〉-〈2〉-〈3〉=一億五七五一万一二八三円

2 争点2の不法行為又は債務不履行による損害

(一) 原告太郎分

別紙甲野太郎取引経過総合表2記載の取引による損失

一五二〇万二八六六円

弁護士費用 一一〇万円

(二) 原告会社分

別紙乙山取引経過総合表4ないし12記載の取引による損失

九一四万六〇七二円

弁護士費用 八〇万円

第三  争点に対する判断(認定に用いた証拠は括弧内に示した。)

一  基礎事実

1 原告らの投資経験

原告太郎は、二〇年くらい前から個人的に一銘柄につき一〇〇〇ないし二〇〇〇株程度の株式の現物取引をしているが、信用取引は、かつて現物を繋ぎ売りする際に利用しただけであり、ワラント取引の経験はない。また、原告太郎は、本件とは別に平成二年一二月一七日に被告会社との間で保護預り口座を設定し、外国証券取引口座設定約諾書を差し入れ、同月一九日にカナダトレジャリービル株六〇〇株を買い付け、平成三年一月四日に右株式を受け取り、その後取引のないまま同月二四日に右口座を閉鎖している。

原告会社は、これまで株式等の取引経験はない。

2 被告会社との取引の開始

被告江添は、平成三年二月頃から荒川区内の高額所得法人を対象に新規外交をしていたが、同年三月初旬頃、原告会社に接触するようになった。被告江添の勧誘により、同月七日に、原告会社は、東急株を現物取引で五万株、原告太郎は、同株を訴外春夫名義で二万株買い付けた。その後、被告江添の勧誘により、同月一三日にパワージェン株を、原告会社が二〇万株、原告太郎が同人名義で五万株、訴外春夫名義で二万株買い付け、更に同月一五日に原告会社が同株を一〇万株買い付けた。同月二九日に原告太郎は、訴外春夫名義で被告江添の薦める日本CBファンドを購入した。

3 信用取引の開始

平成三年三月一九日頃、原告会社は、被告江添から信用取引の勧誘を受けた。当初、原告太郎は、信用取引は怖いものという認識があったので躊躇したが、結局、三月一九日付の原告会社名義の信用取引口座設定約諾書を被告会社に差し入れた。そして、同月二六日、原告会社は、被告江添の勧誘により、東急株一〇万株を信用取引で購入し、更に、同年四月二日、原告会社は被告江添の薦める千代田化工建設株一万株を買い付け、その後も同月五日に千代田化工建設株を三〇〇〇株、同月八日に同株式を一万株購入し、同日、四月二日購入分及び同月五日購入分を売却した。

4 ワラント取引の開始

平成三年三月二〇日頃から同月末頃にかけて二回にわたり、被告江添一人で、同年四月二、三日頃には、被告江添及び同中村とで、原告らに対し、ワラントの説明及び勧誘を行った。これに対し、原告らは、同年四月二日頃に初めて、被告江添及び同中村からワラントの勧誘を受けたが、その仕組みの説明も、説明書の交付もなかったと主張し、原告太郎供述及び甲三九号証がこれに沿う内容となっている。しかし、原告太郎は当時までに新聞の記事等によりワラントは紙屑同然となるおそれのある危険なものであるという認識があったことに鑑みれば、たとえ、被告江添から短期で決済すれば大丈夫であるとか、大きく利益が取れるという趣旨の話を聞いたとしても、原告らが一回の勧誘で直ちにワラント取引に応じるとは考えにくい。したがって、前記原告太郎供述及び甲三九号証の該当部分を直ちに採用することはできない。また、「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(以下「ワラント取引に関する確認書」という。)が「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書」及び「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」が合冊された冊子の末尾に附属しており、ミシン目に沿って冊子から切り離すことが可能である構造になっていることに照らせば、少なくとも右説明書が原告側の手元にいっていることが認められる。

そして、被告江添の勧誘により、原告会社は、平成三年四月四日にフジテック一三〇ワラント、同月九日にアサヒビールワラント一六〇ワラントを、また、原告太郎は、同月一〇日にアサヒビールワラント三〇〇ワラントをそれぞれ買い付けた。

なお、右認定に照らせば、原告らが原告ら及び春夫名義のワラント取引に関する確認書を被告会社に差し入れたのは、右確認書に記載された作成日付である平成三年三月一九日より後であるといわざるを得ない。しかし、右各確認書がワラント取引の開始にあたって差し入れを求められるものであり、少なくとも、右各取引は原告会社及び原告太郎の委託に基づくものであるというのであるから、同年四月二日頃までに、原告らは前記冊子の交付を受けて右各確認書を差し入れたものと推認することができる。

5 取引後の状況

原告らと被告会社との間で行われた取引については、取引成立日の翌日に被告会社側から原告らに対して取引報告書が送付されていた。

また、原告らはいずれも被告会社に対して保護預かりを委任していたが、有価証券預り証の発行に代えて、売買の内容及び保護預かりの残高について記した月次報告書が月二回、原告らに送付され、その内容に間違いがないときは、同封された回答書に署名(記名)捺印の上、被告会社に返送することとされていた。

原告らは、平成三年四月三〇日付以降の月次報告書に対する回答書への署名捺印を拒否していたが、そのうち、平成三年四月三〇日付の原告会社名義、原告太郎名義及び訴外春夫名義の月次報告書に対する回答書については、同年六月一三ないし一五日頃、署名(記名)捺印をした。

6 計算書等の交付

被告江添は、原告太郎の求めにより、平成三年四月二〇日頃に同月一七日付の売買取引計算書(原告会社分、原告太郎分、訴外春夫分)を、同年五月に、JRO1と呼ばれ、社内限取扱注意とされている平成三年五月一三日付及び同月二四日付の取引明細(原告会社分、原告太郎分、訴外春夫分)を、同年六月一三ないし一五日頃に同年六月一三日付売買取引計算書(原告会社分、原告太郎分、訴外春夫分)を交付し、更に同月二四日頃に同月二一日付の売買取引計算書(原告会社分、原告太郎分、訴外春夫分)を交付した。

7 四月一九日以降の原告会社の預託金の出入

平成三年四月一九日、原告会社は、被告会社に四〇〇〇万円を預託したが、同月二二日に被告会社より返還された。なお、この金銭預託の趣旨について、原告太郎は、店頭公開株の勧誘に応じて預託したものであると供述し、被告江添は、信用取引保証金の不足が見込まれたので、それに備えるためであったとするが、四〇〇〇万円という金額に照らしても、被告江添の供述を裏付ける資料はない。

同月二六日、原告会社は、訴外三和銀行の預金より五五〇〇万円を引き出した上、被告会社に預託し、同月末に原告会社の営業取引の決済のために、右同額を同支店より同年五月二日まで借り入れた。しかし、五月二日に五五〇〇万円は返済されず、原告太郎の要求により、同日午後七時頃被告会社総務部の訴外知能が、訴外三和銀行に、被告会社の不手際で原告会社への送金を失念した旨の電話をかけた。同年五月二八日、原告会社は、訴外三和銀行から二八〇〇万円を借り入れ、右金員を被告会社に預託した。右金員が具体的な有価証券購入のために預託された資金ではないという点においては、当事者間に争いはない。同日、被告会社から訴外三和銀行の原告会社口座に五五〇〇万円が振込入金された。同年六月一一日、原告会社は、返済予定日を翌一二日として、訴外三和銀行から借り入れた一八〇〇万円を被告会社に預託し、被告会社は、同月一二日、右金員に、同月六日のカテナ株売買による利益を上乗せした金員を原告会社に返還している。同月二八日には、被告会社から原告会社に二九〇〇万円が返還されている。

二  無断売買の存否(争点1)

1 顧客と証券会社との間の証券取引関係は、個別取引についての顧客、証券会社間の売買の委任契約(株取引等の場合)又は売買契約(ワラント取引や仕切方式の店頭取引等の場合)によって成立するものであるから、顧客側の無断売買の主張に対しては、契約の効果帰属を主張する証券会社の側で当該取引についての約定の成立を主張立証しなければならない。

2 顧客から証券会社への有価証券等の個別的な売り、買いの委託は、店頭において又は電話によって、口頭でされることが通常であることから、証券会社から顧客に対して、各取引に関する約定日、銘柄、価額、売買数量を顧客に速やかに知らせ、顧客をして、自らの取引内容を確認し、これに過誤があるときは証券会社への異議をなしうるよう取引報告書が送付されるのが一般である。そして、本件においても、先に認定したように(第三、一、5)、全ての取引について、取引成立日の翌日に被告会社から原告らに対して取引報告書が送付され、更に月に二回、期間内の取引の明細、預託金残高及び保護預り証券の明細等を知らせる月次報告書が被告会社から原告らに送付されていた。

ところで、原告太郎は、先に認定したように(第三、一、6)、被告江添らに対し、平成三年四月下旬頃から、原告らの取引について、損益計算書のような書類の交付を求めているが、その理由として、同人は、四月九日及び同月一二日の千代田化工建設株の取引報告を見て、委託していない取引がされていることに驚き、被告江添らに今後無断取引をすることのないよう申し入れ、今までの取引損益の提出を求め、その後も、被告江添が持参した書面では直近の取引及び未決済の取引の記載がないとして、評価損益についても分かるような計算書を要求した旨の供述している。また、原告会社は、平成三年四月一九日に四〇〇〇万円、同月二六日に五五〇〇万円、同年六月一一日に一八〇〇万円を被告会社に預託しているが、その理由について原告太郎は、右四〇〇〇万円及び五五〇〇万円については、被告江添からいい店頭公開株がでたから入金して下さいといわれて、その購入のために預託した旨供述し、右一八〇〇万円については、被告江添及び同中村からカテナ株及びダイダン株を購入するために入金することを懇請されて、預託した旨供述している。

しかし、原告らの主張によれば、原告会社分については、平成三年四月九日の千代田化工建設株の買付(信用取引)以降の取引は、同年六月五日及び同月六日のカテナ株、ダイダン株の取引を除いて全て無断であり、原告太郎分については、訴外春夫名義の同年四月一五日のアサヒビールワラントの買付(現物取引)以降の取引が全て無断であるということであるから、原告会社分についてだけ取り上げても平成三年四月中に二三回、同年五月中に五〇回、同年六月中に四八回の無断買付又は無断売付があった計算になる。これだけの無断取引をされれば、被告会社に対して苦情を申し入れ、取引の中止を申し入れるべきものであり、取引毎に報告書が送付される一つの目的も顧客にその機会を保証するものと解される。しかるに、原告太郎の供述によれば、同人は、無断取引を認識していながら、取引関係の断絶をせず、取引の損益計算書を主として評価損益を知りたいということで求め続けたり、そのような無断取引をされている相手に対して、懇請されたからといって証券購入資金を預託したというのである。

そうすると、本件取引のうち、原告らにおいて無断取引であると主張する部分についても、原告らの委託があったものと推認するほかないというべきである。

3 なお、原告らは、平成三年四月三〇日付以降の回答書への署名(記名)捺印を拒否しているけれども、そのうち、同年四月三〇日付の回答書(三通)については、同年六月一三ないし一五日頃に署名(記名)捺印の上、被告会社に差し入れている(第三、一、5)。原告らは、原告太郎が右回答書に署名(記名)捺印したのは、〈1〉同人が、右回答書があくまでも取引残高の確認であって、それまでの個々の取引の効力を左右するものとは認識していなかったこと、〈2〉右回答書への署名に先立ち、被告江添が持参した平成三年六月一三日付の原告らの売買取引計算書には、その時点で未決済であったが、実際には大きな評価損がでていた取引の記載が省かれていた結果、原告らの損益は合算しても、一七〇万円程度のわずかなものしか表されておらず、当該時点での取引上の損益の全部は明らかにされていなかったものの、右計算書の記載からして原告らとしても大事に至っていないだろうと誤認したこと、〈3〉原告太郎が平成三年五月二日に被告会社総務部の訴外知能に苦情を申し立てていたので、原告太郎は、原告らが回答書に署名(記名)捺印をしても、無断取引があったという点については、取り上げてもらえるだろうと理解していたこと、といった事情によるものであるから、右回答書への署名(記名)捺印の事実をもって原告らが被告江添らによる無断取引を了承していた(又は追認した)ということはできないと主張している。しかし、原告らが無断であると主張する取引の結果が含まれている「残高」を承認しておきながら、個々の取引の効力を認めないということは矛盾であるし、被告江添が示した平成三年六月一三日付の売買取引計算書には、少なくとも平成三年四月三〇日付回答書で確認を求めている取引については全て含まれているから、右回答書への回答にあたって原告らの判断を歪めるという問題は生じ得ない。平成三年五月二日の被告会社総務部に対する苦情申立てについても、前記2のような事情に照らせば、この日に五五〇〇万円が原告会社に返還されないということを超えて、被告江添らの無断売買にまで及んだ旨の甲三九号証を直ちに採用することはできない。そうすると、原告らが平成三年四月三〇日付以降の回答書への署名(記名)捺印を拒否している(四月三〇日付回答書については、六月中旬まで拒否していた)ことをもって前記推認を覆すには足りないというべきである。

4 以上に対して、平成三年五月一七日の取引については、原告らは具体的な合意成立の経緯について争っている。すなわち、《証拠略》によれば、原告太郎は、平成三年五月一六日から同月一八日にかけて南近畿方面に旅行していたことが認められ、その旅行中である同年五月一七日に同人が電話で被告会社と取引をするのは通常考えにくい状況にある。したがって、右期日における取引については、先に説示した推認(第三、二、2)を維持することはできず、このような場合、被告会社としては、合意成立の経過、態様についてより具体的な主張立証をすることが求められる。この点、被告らは、同月一七、一八日頃の朝、原告太郎から被告側に電話が入り、現物取引及び信用取引が何件か成約したと主張するが、被告江添は、五月一六日又は一七日頃原告会社の事務所に電話をかけて、原告太郎に取引の勧誘を行った結果取引が成立したと、右主張と明らかに齟齬する供述をし、被告らにおいて、その他に右取引の具体的成立経緯についての主張立証を行っていないから、平成三年五月一七日の取引の約定の成立を認めることはできない。この五月一七日の取引の法的評価については五の損害論等の項において検討する。なお、右五月一七日の取引の点以外にも、被告江添が、平成三年四月の四〇〇〇万円の入出金の事情について客観的証拠に反する供述をしたり、同年五月二日に被告会社が原告会社に五五〇〇万円を返還する約束はなかったと供述する一方で、被告会社から訴外三和銀行に対して、被告会社が原告会社口座への送金を失念した旨伝える電話をしたことを認める供述をする等不自然な点があるのは、原告らの指摘するとおりである。しかし、右事実によってもなお、五月一七日以外の取引について、前記推認を覆すには足りないというべきである。

三  原告主張の個別取引についての被告江添及び同中村の不法行為(被告会社の使用者責任)又は被告会社の債務不履行責任の成否(争点2)

1 原告らは、(無断取引とはしていない期間の)現物取引についての勧誘の違法等を主張するけれども(争点2についての原告らの主張の1参照)、右取引による損失は、損害賠償の範囲から除外されており、しかも、右違法が個別取引の違法につながるとは直ちにいうことができないから、争点2の判断にあたっては意味のない主張である。

2 無断売付の存否

原告らは、原告会社の取引である平成三年三月二六日の東急株から同年四月九日のアサヒビールワラントまでの信用取引及びワラント取引並びに原告太郎の取引である同人名義の同年四月一〇日のアサヒビールワラントの取引は、いずれもその売付が無断であると主張しているが、二で判示したとおり右売付が無断であったということはできない。

3 信用取引の勧誘における違法性の存否

(一) 信用取引とは、顧客が当該取引にかかる有価証券の時価の一定率を下回らない委託保証金(代用有価証券の併用可)を証券会社に預託し、取引の受渡に必要な買付代金又は売付株券を証券会社が顧客に貸し付け、この代金又は株券によって受渡決済をする取引である(証券取引法四九条一項参照)。信用取引においては、現物取引と違い、取引の度に売付株券や買付代金全額を必要とされていないため、少ない資金で多額の取引が可能となるが、売り、買いとも決済の最終期限は、取引成立から六カ月(又は三カ月)と定められているので、その段階までに顧客において現引き(又は現渡し)ができないと、右決済期限に反対売買による差額決済ということになり、評価損失の現実化を余儀なくされることとなる。また、株価の少しの変動でも顧客の損益が大きく変わるという多量取引に共通のリスクもある。

右のうち、後者のリスクについては、株取引一般についていえることであるから、信用取引固有のリスクは、主として、顧客が現引き可能な取引量を超える取引をしていた場合、最終決済期限到来までの間に、評価損の現実化を迫られるという点にある。したがって、信用取引の開始にあたって、顧客は、少なくとも右のような信用取引固有のリスクについて理解していることが必要であるから、信用取引を勧誘する際には、顧客の経験、知識等によっては、証券会社又はその従業員に信義則上、右リスクを説明する義務が発生することがあるというべきであり、右説明義務を尽くさなかった場合に当該リスクが現実化して顧客に損害が生じたときは、不法行為(証券会社及び従業員について)又は債務不履行(証券会社について)が成立しうるというべきである。本件において、原告らの取引を実質的に行っていた原告太郎は、かつて一度証券会社の勧めで繋ぎ売りのために信用取引を用いたにすぎず、信用取引についての知識も特別に有していた事情も認められないことから、被告らには原告太郎に対して、信用取引の前記リスクについて説明する義務があったというべきである。

ところで、平成三年三月一九日頃、被告江添から、原告会社に対して、信用取引の勧誘があり、結局、その頃、原告会社から被告会社に信用取引口座設定約諾書が差し入れられ、同月二六日から取引が開始されたことは既に認定したとおりである。原告太郎は、信用取引の経験は一度しかなく、危険なものであるという認識を持っていたことから、同人が、原告会社の代表者として、信用取引の仕組みを全く聞くことなく、信用取引口座設定約諾書を差し入れたり、信用取引を開始するとは、同人の職業柄からしても考えにくい。そして、原告太郎は、被告江添より、信用取引においては、株の代金そのものが必要なのではなくて、委託証拠金があればよいということの説明があったことを認めていること、最終決済期までに決済する必要があることは当然に認識し得ていたと解されることからすると、原告らは、右に説示した信用取引固有の危険を一般的に理解したというべきである。また、証券会社で顧客用に作成する取引のしおりは、営業担当者の説明を補うと共に、文書による説明を顧客に提供することを目的とするものであり、これを秘匿する理由はないこと、及び、原告太郎は、平成三年四月二三日に、被告会社に訴外春夫名義の信用取引口座設定約諾書を差し入れ、同月二五日から取引を開始している(この点、原告太郎は、甲三九号証で四月二三日に書面を差し入れたことを否認しているけれども、訴外春夫名義での信用取引が同月二五日から始まっていることからしてにわかに信用できない。)ことに鑑みると、「信用取引のしおり」を原告太郎に交付して、リスクとなりうる信用取引の弁済期の点を含めて信用取引の仕組みの概要の説明を行ったという旨の被告江添供述を信用することができる。

そうすると、被告側において前記説明義務は尽くしていたものといえる。

(二) 原告らは、また、被告江添が、争点2についての原告の主張の2で記載した趣旨の発言をして、原告太郎に日計り又は短期の取引によって損の心配はなく、利益は確実であると誤信させたという点について説明義務違反(断定的判断の提供)の主張をし、甲三九号証、及び原告太郎が、平成三年四月二日に、被告江添から原告会社の千代田化工建設株の信用取引の勧誘を受けた際、被告江添の発言をメモしたものである「千代田化工 4/2 金いらない 8.50 ひ配り 利益ON(OKとも読める。)江添」という内容の甲二八号証を援用する(なお、原告太郎は、「ひ配り」という記載は、「日計り」のつもりで記載したと供述している。)。

原告会社の信用取引の多くが一週間以内に反対売買により決済されていること、被告江添自身、千代田化工建設株の信用取引を勧誘している際に日計りのことが話題に上ったことは認めていることから、被告江添が信用取引の勧誘に際して、日計りや短期決済による取引を行うことやそうすることによって利益を上げていくという投資戦略の類の話をしたことを推認することができる。しかし、仮にその際、被告江添から原告らが主張するような話があったとしても、その話の内容自体極めて抽象的なものであり、しかも信用取引といえども本件における取引対象は株式であり、株式の将来の価格はたとえそれが近い将来のものであっても、何人も断定することができないことは、一般人においてすら明らかであることに鑑みれば、当不当の問題はともかく、そもそも原告らの主張する右行為が不法行為又は債務不履行を構成するとまではいえない。また、甲二八号証の記載からも不法行為又は債務不履行を構成するような断定的判断の提供を認めることはできない。なお、適合性原則違反の点については後述する。

4 ワラント取引の勧誘における違法性の存否

(一) 原告らは、顧客を勧誘してワラント(とりわけ外貨建てワラント)の取引を行わせること自体が証券会社の注意義務に違反すると主張している。確かにワラント取引の在り方については、政策論として種々の検討すべき点があることは否めないが、ワラント取引の基本的リスクを告知された上で取引が行われた場合についてまで、勧誘自体を不法行為又は債務不履行と構成することは難しいといわなければならない。

(二) ワラントは、一定の権利行使期間内に一定の価格で一定数量の新株式を引き受ける(買い取る)権利(を表章する証券)であり、右権利行使期間の終了により、その価値を喪失する。また、ワラントの理論価格(パリティ)は、株価に連動し、その変動率は、株価のそれより大きくなる(株価が権利行使価格に近づくほど変動率が大きくなり、離れるほど小さくなる。)ため、ワラントの実際の価格の変動も株価のそれに比べて大きくなる傾向があり、株価が下落した場合、株価の下落率よりも大きな割合の含み損を抱えることも十分あり得る。したがって、ワラント取引の開始にあたって、顧客は、少なくとも右のようなワラント取引のリスクについて理解していることが必要であるから、ワラント取引を勧誘する際には、顧客の経験、知識等によっては、証券会社又はその従業員に信義則上、右リスクを説明する義務が発生することがあるというべきであり、右説明義務を尽くさなかった場合に当該リスクが現実化して顧客に損害が生じたときは、不法行為(証券会社及び従業員について)又は債務不履行(証券会社について)が成立しうるというべきである。本件において、原告らの取引を行っていた原告太郎は、ワラントが無価値になりうることについての一般的認識はあったが、これまで、ワラント取引の経験はなく、右取引についての知識も特別に有していた事情も認められないことから、被告らには原告太郎に対して、ワラント取引の前記リスクについて説明する義務があったというべきである。

ところで、先に認定したとおり、被告江添及び同中村は、原告太郎に対して、少なくとも「国内新株引受権証券取引説明書」「外国新株引受権証券取引説明書」を交付した上、ワラントの仕組み等について複数回説明している。そして、右各説明書の二頁から三頁にかけてそれぞれ国内ワラント又は外貨建てワラントについて、前記リスクを含むリスクの説明がされている(第三、一、4)。そうすると、被告らとしては、ワラントのリスクの説明義務は尽くしていたというべきである。

原告らは、また、被告江添らが二〇〇〇万円くらいの取引をすれば一〇〇〇万円くらいとれる等といった断定的判断の提供をしたと主張している。確かに、被告江添らは、ワラント取引の「ハイリターン」の側面も強調したことが認められるけれども、前述のようにワラント取引の仕組みの概要やその主なリスクについても説明されている以上、それが勧誘文言の域を越えて不法行為や債務不履行を構成するような断定的判断の提供があったということはできない。

なお、被告江添らが平成三年四月一〇日以降、原告らが買い付けたワラントについて情報を提供せず、放置したと主張するが、被告江添らは、少なくとも週に一、二回は原告太郎を訪ねていたのであるから、原告太郎が右情報提供を求める機会は十分にあったというべきであり、結局右主張を認めるに足りる証拠はない。

5 本件信用取引、ワラント取引の勧誘の適合性原則違反を理由とする不法行為又は債務不履行の存否

原告らは、争点2についての原告らの主張5で記載したように、被告江添らが、原告らが他目的資金を一時的に運用するものであること、しかも原告会社については銀行からの借入金であったこと及び原告らの投資経験を知りながら、危険な信用取引やワラント取引を勧誘したことを問題としている。しかし、原告会社がスーパーマーケットやスイミングクラブを経営する会社であること、原告太郎はその経営者であり、現物取引とはいえ、二〇年近く株式取引経験があること、信用取引やワラント取引についての説明も一応なされた上で取引を開始されていることに照らせば、原告らには、投資のための資金調達能力や投資するか否かを決定しうる能力があったということができるから、不法行為又は債務不履行を構成するような適合性原則違反があったということはできない。原告太郎のアサヒビールワラントの取引についても同様である。

四  予備的請求について(争点3)

原告らは、本件の原告らの取引全体を一体のものとして把握して不法行為又は債務不履行が成立すると主張する。そこで主張される不法行為又は債務不履行行為は、〈1〉原告らが無断売買と主張している取引以前の取引については、主位的請求のとおりであり、〈2〉それ以降の取引については、無断売買又は無断売買と認められない場合でも、原告らの要求にもかかわらず、被告江添らが、取引の損益計算書をなかなか明らかにしなかったという説明義務違反、その他適合性原則違反等である。しかし、〈1〉について不法行為又は債務不履行が成立しないのは既に判示したとおりであり、〈2〉についても、平成三年五月一七日の取引を除き原告らと被告会社との間で有効な約定が成立していること、不法行為又は債務不履行を構成する適合性原則違反がなかったことは先に示したとおりである。損益計算書の点についても、そもそも原告らには、取引毎に取引報告書が、また、月に二回月次報告書が送られている上、被告江添らが原告太郎の要求により何回かに渡って計算書を持参していることに照らせば、それらの計算書に原告らの取得した株式等の評価損が記されていなかったからといって被告らの説明義務違反を認めることはできない。そうすると、本件において取引を一体的にとらえて不法行為や債務不履行を問題とする余地はないといわなければならない。

五  損害論等(争点4)

原告会社、原告太郎(訴外春夫名義分のみ)の平成三年五月一七日の取引について、約定の成立が認められないのは、既に判示したとおりである。そのため、原告会社名義分については、千代田化工建設株八〇〇〇株の信用買い、アサヒビールワラント六〇ワラントの現物売り、東急株一万株の信用売り(仕切り)決済がいずれも無断取引ということになり、訴外春夫名義分については、バンダイ株一〇〇〇株の現物買い、第二CBオープン(投資信託)の九五〇口売付が無断取引ということになる。

ところで、このうち千代田化工建設株については、平成三年五月二二日に原告会社がこれを売却しており、バンダイ株については、同月二〇日に原告太郎がこれを売却しているから、これらの取引について原告らはそれぞれの名義で行われた右無断買付を追認したと考えるべきである。そうすると、残るは、原告らの所有していた株式等の無断売付であり、原告らは、売付のみの無断については、寄託金返還請求の構成をとらず、不法行為又は債務不履行構成をとるとしているので、損害論が問題となる。

証券類の売付のみの無断の場合、投資家自身は、第三者の善意取得等により対外的には、当該証券の所有権を喪失することになる。その場合の損害として考えうるものは、〈1〉所有権喪失時の価格すなわち当該証券の売却額から売付手数料(要しないものもある。)及び税金を控除したもの、〈2〉所有権喪失時から投資家自身において売却したであろう日までの売付手数料及び税金相当額の中間利息相当分、〈3〉投資家において当該証券を適時に売却して得べかりし利益である。本件において、無断売付の結果の〈1〉相当額は現実問題として原告らの計算に帰属しており、〈2〉、〈3〉については、主張主証がない。したがって、五月一七日付無断売買による原告らの損害を認めることはできない。

六  以上のとおり、原告らの主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 飛沢知行)

裁判官 天野登喜治は転補のため署名捺印することができない。

(裁判長裁判官 富越和厚)

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